支那 [編集]

支那という呼称を使っていけない理由はないと長年主張しており、これを自主規制するマスコミへの抵抗の意を込めて、常に支那と書いている。そのために多くのマスコミへの寄稿を困難にしているが、主張を貫いている。近年は毎日新聞紙上で支那を使用したが、抗議は来なかったとのことである。また、「支那を『支那』と呼んで何が差別なのか」としており、その論理としては、1946年6月に中華民国東京に代表団を派遣し、「この時より『支那』の名称を使用することを禁ずる」とした日本外務省への通告に対し、「真っ先に文句を言うべき相手は、アヘン戦争を仕掛けて香港を奪ったイギリスや、マカオ植民地にしたポルトガルじゃないですか。それらの国が支那のことを『チャイナ』とか『シーナ』と呼んでいることに対しては一つも文句を言わないで日本にだけ言うのは、明らかに日本人に対する差別でしょう」としている[3]